Harley Davidson ハーレー

ハーレーと日本とのかかわり1

ハーレーと日本

ハーレーダビッドソンは、日本でも人気のオートバイですが、最初に日本に上陸したのは意外と早く、なんと1912年。 大正時代のことです。1912から1917年にかけて、日本陸軍への輸出が行われ、機動力の高いオートバイは、偵察・連絡などの目的で使用されました。 さらに官公庁や民間でも使われるようになります。

1922年になると、ハーレーダビッドソンは民間の大倉商事とJSモデルを契約。 その翌年には日本初のハーレーダビッドソン日本代理店が誕生します。

昭和期に入ると、日本では国産のオートバイやオート三輪を製作しようという機運が高まります。 そのため国内産業保護政策として、輸入されるオートバイに多額の関税が掛けられるようになり、輸入車の国内販売価格は高騰していきます。

そんな中、ハーレーダビッドソンの輸入を行っていた製薬会社三共(現第一三共)の傘下企業であった「日本ハーレーダビッドソンモーターサイクル」が、ハーレーダビッドソンの日本生産をアメリカの本社へ申し出るのです。