Harley Davidson ハーレー

ハーレーの歴史1

ハーレーの歴史1

1903年、北米ウイスコンシン州ミルウオーキーにおいて、一台のモーターサイクルが産声をあげました。 生みの親は、ウイリアム・ハーレーとアーサー・ダビッドソンの二人です。 鉄道メカニックのウォルター・ダビッドソンが二人を手伝い、工具の知識は長男ウイリアム・ダビッドソンの助けを借りました。 ウォルターはできあがったモーターサイクルで、長男の結婚式のためにカンザスシティへ走りました。 これが、記念すべきハーレー・ダビッドソンの第一号機でした。 トマトの缶詰を加工したキャブレター、ドアのノブほどもある大きさのスパークプラグから発する405.19ccの出力は3馬力でした。 単機筒、変速機なし、ベルトドライブ、ボディーカラーは、黒にゴールドのピンストライプ。 始動はメインスタンドを上げて、自転車のペダルをこぐ方式でした。 この年、3台のハーレーを生産しました。

ハーレーのエンジンは、今までの単気筒エンジンとは別形式のエンジンの開発を行ったのです。 それがダブルシリンダーと呼ばれるV型2気筒エンジンこと、V-TWINエンジンです。

2年の歳月をかけて、改良・改善を行う事によって、1909年、遂にハーレーの代名詞である、V-TWINエンジンを搭載したモデル5Dを発表しました。 このモデル5Dはサイレント・グレー・フェローモデルと比べると、馬力は4馬力から7馬力へ、排気量は575ccから810ccへと大幅なパワーアップしました。

1911年には、さらに改良した排気量1000ccのモデル7Eを発表しました。 このVツインエンジンがあったからこそアメリカン=Vツイン=ハーレーダビッドソンとなっていったのではないでしょうか。

1900年代初め頃にはハーレーダビドッソン以外にも、いくつものオートバイメーカーが存在していました。

バイクレースで他のモーターサイクルメーカーに勝ち、良い結果を出す事によって、ハーレーのモーターサイクルが優秀である、という事を世間に知らしめる為です。 そして、この目論見は予想通りとなり全米各地のバイクレースで、ハーレーダビッドソンのオートバイが優勝をさらっていったからです。 この事により、ハーレーダビッドソンはアメリカ中に知れ渡り、モーターサイクルカンパニーとして認知されました。